猫侍魂 | |
ガナン第二帝国 06:
三将は地図を広げて、遠征と天使狩りについて簡単に打ち合わせした。 幽鬼となった兵が多いため、食事や医療など、以前よりはるかに兵站が楽ではあったが、それでも草原を補給なしで超えるという訳にはいかない。とくに今は武器も防具も足りず、盾がわりにゲルニックが急いで造ったゴーレムを連れてゆくことになった。 天使は当然空を飛べるので、いずれは怪鳥や羽のある魔物が必要になるが、いまのところまだ取り逃がす可能性は低いとゲルニックは力説した。 曰く、守護天使とは、住民を人質にすれば、たとえ一人でも立ち向かってくるものだからだ、と。 ゴレオンは成程と感心したように、ギュメイは渋々、頷いた。 「ギュメイ将軍、あと少しよいでしょうか」 「まだ何か?」 「手伝って欲しいことがあるのです」 ギュメイは首を傾げながらも、ゲルニックの後を追った。 「将軍は、ガンベクセン陛下より前の御世のことをご存知ですか」 「習ったことは覚えておるが」 「充分です。どうしてもそれを聞きたいという人間がおりましてね」 「人間?また何ゆえに……」 「我等の新しい 「……意味がわからぬ。それがしの昔話のために同胞を売ると?」 「たとえば、話を聞くのではなく、今ではだれも知らない古の剣の技を習うのだとしたらどうです。三百年前に死んだはずの名人から」 「……む……」 「今日参っておるのはごく一部ですが、詩人の他に学者もおります、城にあった本の冒頭の写しを渡したら、それはもう涎を垂らさんばかりで」 「信用出来るのか?」 「地下にいくらか金銀の蓄えは残っておりましたが、自由に使えるほどではありませんからね……何よりあやつらは、怪しまれずに街へ出入り出来ますから、途中まででも役に立てばよいでしょう」 床の崩れかけた一室に通されると、そこには4人ばかり先客が居た。ゲルニックの言う通り、ある者は楽器を、ある者は帳面を手に、しかし一様に、誰も知らぬ物語に飢えた顔で待ち構えていた。 ギュメイは遷都の詳しい経緯などは省き、かつてのベクセリア公国について、子供の頃に聞いたおとぎ話程度に話したが、確かにそれで充分なようであった。途中でゲルニックがさえぎった時、彼らが物凄く落胆した顔をしたからである。 「続きと、我等が皇帝については、あなたたちが戻ってからです」 「……約束して下さいますね?」 「我が祖先、帝国の三将の名にかけて。……まさか、疑うのですか?」 「い、いえ」 「よろしい」 ゲルニックはセントシュタイン領と、ナザムへの道のりについて、詳しく教え、彼らが調べるべきことを命じた。守護天使像。街の規模、兵力。空の英雄グレイナルの伝説。 熱心に頷きながら訊く詩人達に、ギュメイは、人の世が、内側を虫に食われて腐っていく果実のような、不気味なものと感じ、……魔物の考えることではないな、と苦笑した。 「祖先と申したか?」 「ええ。彼らは、将軍は、ギュメイ将軍の子孫で、その被り物で顔を隠している、と思っております」 「嘘と知ったら、裏切るのではないか」 「我々が帝国の再興を目指している、とは言ってありますよ。それでも、人は己の情熱の為には、どんなことでもするもの、そうでしょう?」 「……そうかもしれぬな」 「ベクセリアですが……」 「ん」 「太古の昔よりセントシュタインの一部と思われています。今の者達は、それがおかしいとは知っている、将軍に本当に訊きたかったのは、なぜそれが隠されたのか、ですが」 「それこそが報酬というわけか」 「ええ。そもそもはルディアノですが……」 「ああ、誰も知らぬというのは誠か?」 「まだ不確かなので、陛下には申し上げませんでしたが、……おそらく意図的に記録が消されているのです。先ほどの者たちですら、誰一人知りませんでした。国の名もです」 「つまり……我等が滅びた後で、セントシュタインへ逃れた者達の口も封じたのか」 「おそらく」 「なんと……」 ゲルニックは、もともとはルディアノの人間である。 黒騎士レオコーンを擁する宰相家との政争に敗れて、ガナンへ亡命して来たのは、ルディアノが壊滅するもっと前であった。当時は政務が専門だったが、その後ギュメイやゴレオンと同列の家臣となるまでのめざましい出世は、確かに人がその為にどんなことでもするという、暗い情熱に彩られていた。 しかし自ら捨て、おそらくは憎んでさえいた国だとしても、その存在すら否定されるとなるとまた話は違うのだろう。 彼は帝国一と呼ばれた知恵(大抵は、その前に「悪」が付いたものだったが)を総動員して、復讐に燃えている。これからゲルニックの献策は、もっと惨いものになってゆくだろう。 けれどギュメイはもう顔をしかめることはしなかった。腹の底で、密かに覚悟を決めていた。 罪もない天使を、永久にあの闇へ閉じ込める、雪の中で平和につつましく暮らす人々を脅し、おそらくは犠牲も出る。人間にも、自分の部下の魔物にも。けれど、それは自ら進んでそうするのだ。 なぜなら、直接手を汚すのは、皇帝であってはならないからだ。 ギュメイにとっての情熱とは、ガナサダイその人であった。 続く |
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Last-Modified:2009/11/12 (Thu) 00:36:01 | written by koyama | 管理モード | Script by 帰宅する部活 | icon by chat noir |