猫侍魂
前置き(300年前) 02:


父親を殺し、その位を簒奪せんとのガナサダイの意思の固いことを悟ったギュメイは、もはや死を以って諌める他無しと思い定め、その日はいくぶん平静な心持ちで月明かりの城下を見下ろしていた。手には愛用の刀。昇進の際に、ガナサダイに賜ったものである。
ギュメイは、己が首を跳ねようと、静かに鯉口を切った。
自分は主人を置いて逝く大罪人である。騎士の誇りを保った死に方は相応しくないと考えたからだった。
しかしその刹那、キン、と鋭い音がし、振り上げた刃は何かに弾かれた。

「……ガナサダイ様……っ!」

戦士としての反射で振り払ってしまってから、ギュメイは驚いて声を上げた。
斬り結ぶ音にも、そこいらにいるはずの不寝番のやってくる気配もない。しかし間髪いれず再度繰り出される打ち込みを受け止めるのに精一杯で、それを訝る余裕も無いほどだった。
ギュメイは本気で戦った。いや、そうせざるを得なかった。ガナサダイの殺気は本物で、加減をすることが出来なかったのだ。
入ったと見えた斬り上げはすんでの所でかわされ、ガナサダイの前髪がいく筋か切れて落ちたばかり。双方一歩も譲らぬ応酬が、どれほど続いただろうか、これで最後と魔神のごとく斬りかかったのを盾に防がれ、バランスを崩したところに利き手を打たれて刀が飛び、石畳にチャリンと場違いに軽い音を立てた。

近衛兵となってからは誰にも負けたことがなく、ベクセリア随一と謳われたギュメイはこの時初めて敗れたのである。
その刀の柄を踏みつけて、ガナサダイは荒い息をつき、汗を拭った。ギュメイは立ち尽くしていた。

「余がいつ死んでよいと言うた?」
「……申し訳ありませぬ。されど」
「ここにあっては永遠にこのまま彼奴らに這いつくばって生きることになるのだぞ」
「いざとなれば都を捨て、西の谷に篭れば落とせますまい」
「お前らしくもない。あれはエラフィタから海峡を渡れば目と鼻の先ぞ。ルディアノ軍が加われば、それこそ押し込められて封印されるのは我が民ではないか」
「……しかし」
「海を渡るしかないのだ、ギュメイ」
「……。」
「対岸に渡りさえすれば、平地も、鋼も手に入る。父上にはそれがおわかりにならぬ。……余に余の息子をセントシュタインに差し出せと言うのか?」

ギュメイは、平伏した。
自分が首肯しなかったために、ガナサダイは喘ぐようにそのひとことを言わねばならなくなったのだ。
カラン、と音がする。低くなった視線に、ガナサダイがいましがた手から取り落としたものが転がるのが写る。
ガナサダイがギュメイの剣を弾いたのは、何時も王の、いや、先王の手にあった王錫であったのだ。それでなければギュメイの太刀筋に真っ二つになっていただろう。
つまりギュメイは漸く、もう全ては手遅れであることを悟った。

「……我が君。亡骸はどうなされた」
「あ……ああ。寝台の中だ」
「……ゴレオンは?玉座の間の前に居りませなんだか」
「眠っている。薬でな」
「では某が西の谷へお連れしましょう。古の病魔に墓を守らせれば、ガナサダイ様のことはおろか己が名さえ忘れるはず」
「うむ。急げ、あしたにはここを引き払うぞ」
「未明までにはもどりましょう。遅れた時は……若しパンデルムが手に余れば、我が魂でガンベクセン様を封印いたしまする」
「ならん」
「は。」
「今、勝手に死ぬなと申したばかりではないか。必ず戻れ、……よいな?」
「……御意」

叛乱の現場を片付けたギュメイは、死せる王が譲位の準備をしていたことに気づいた。おそらくガナサダイも知らぬことであった。ひとり馬を駆り封印の地から戻る途中で、ギュメイは少しだけ泣いた。

Last-Modified:2009/11/12 (Thu) 00:36:01 | written by koyama | 管理モード | Script by 帰宅する部活 | icon by chat noir

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