猫侍魂 | |
ガナン第二帝国 05:
ヤーハンの魔物たちは、他愛もなかった。 ギュメイの姿が見えただけで驚いて逃げる者が大半であった。獣たちは、説得するまでもなく、自分の中の本能の声の命じるままに、より強い者であるギュメイに首を垂れた。堅い甲羅で身を守る老亀たちは、殻に閉じこもる前にギュメイの剣にひっくり返され、仰向けの情け無い姿で忠誠を誓った。枝を鞭のように振り回す神樹は、元々森を荒らす人間をよく思っておらず、相手が魔王か否かというより、木を斬るかどうかにしか興味がなかった。ギュメイは湿地の木々に手を出さぬことを約束するだけで済んだ。 海水と淡水の混じった干潟のような沼地は耕作に向かず、この辺りは元々人は住んでいない。唯一の住人であった魔物たちは、ガナンがヤーハンを守る代わりに、帝国に仇なす者が通りかかった時は、その通行を妨害する義務と、宝のいくばくかを差し出すことを了承した。 帝国は手始めに、旧来の帝国領からほど近い、カルバド大陸の一部へ勢力を伸ばし始めたのである。 ガメゴン達は病や怪我で命を落とした仲間の甲羅を磨き、何世代も貯蔵していた。どれが誰のものかはわからぬようにしており、ひとつひとつに形見という意味はなく、死ねば皆ひとつに纏まるのが、彼らの信仰であるらしい。ギュメイに贈られたのはごく一部であったが、それでも夥しい量の鼈甲であった。 軍資金のもととなる宝と、平定の報告を手に帝国城へ戻ったギュメイを待ち構えていたのは、ゲルニックの集めた情報と軍議だった。 「先ほども言いましたが、私達が眠っていたのは、凡そ三百年。その間にむろん世界は姿を変えておりますが、主なところでは砂漠の城が出来たこと、北国に学校……道場ですかな、それが建てられたこと。セントシュタインをはじめ、その他の国々はほとんど変わっておりません。ベクセリアはセントシュタインから派遣された領主が治めておる様子」 「ナザムやドミールもか?」 「おそらく。グレイナルは、生きている、少なくともそう信じられているようです。確認できていませんが」 「……竜神でございますからな。健在でもおかしくない」 「ナザムにはうっかり手をだせないとなると、じゃあその砂漠とサンマロウか?ダーマは?」 「神殿か。あれは最後でよかろう」 「さすれば、まずはこの大陸、次に砂漠、サンマロウ、軍を整えたのちドミールでございましょうか。いずれにせよ、飛べなければ峠が越えられぬのは、我等もドミールも同じこと故」 「ゲルニック殿、ルディアノは?」 「……それが……実はよくわかりません」 「……わからん?」 「ええ、ルディアノという国が、始めから無かったかの如き……。」 「なんだそれは。今も城址くらいはあるだろう」 「滅びの森、と呼ばれておるらしきこと以外には、噂話にも、書物にも、まったく。まあ、まだセントシュタイン領へは、そこまで密偵を入れられておりませんので、これから判ることもあるでしょうが」 「……陛下、大草原はいかが致しましょう?ヤーハンの狸どもの話では、いまは遊牧民の王が治める国があると」 「ああ、私も見ました。集落をつくり、季節とともに羊を追って転々としているのでしょう」 「捨ておけ。あのようにだだっ広い草原に、大軍を隠すところも無い、むろん竜でもな」 「そうですな。もし集結したとしても、此方へ来るには、山越えをせねばなりません。寡兵であれば、国境へ獣を放てば済む」 「北方に砦があるようでしたので、そこを占領すればよいかもしれません」 「砦……あの山か。それはちと厄介だな……ゴレオン」 「はっ」 「カズチィチィを制圧して参れ。占領した後は、 「かしこまりました」 ゴレオンが青いマントをひるがえして退出すると、ちょうど先ほどから怪しくなりだしていた雲から、ぽつぽつと雨が降り始めた。 ギュメイは自分で立ち上がって、皮の天幕を閉めた。皆濡れるのはそう構わなかったが、風向きによって酸や硫黄を含んだ雨が降り、羽根の痛むのを嫌がったゲルニックが部下に命じてこしらえたものである。 「ゲルニック、この穴だが」 「はい?」 「天使の力とはげに恐ろしきものだな。昔からそうであった」 「……恐れながら、あれは時間が無かったからで……まあ今も順に直させてはおりますが、その」 思わず苦笑したギュメイと、そう怒ってもいなそうなガナサダイに、ゲルニックは却ってきまり悪そうな顔をする。 三百年前にエルギオスの力を利用することを進言したのはゲルニックである。 また、ギュメイが珍しく笑ったのは、帝国城では、かつてグレイナルを迎え撃つために二門の砲台を造ったのだが、弾はいくつあるかと尋ねたガナサダイに、ゲルニックが、それぞれ一度ずつしか打てません、と澄まして答えたのを思い出したためであった。 エルギオスの力を弾として打ち出すそれは、その威力ゆえに反動に耐えられなかったのである。結果は、片方を外して城壁の一部ごと壊れ、もうひとつを打つ前に皆やられてしまったわけだが、それでもギュメイは、この策士然とした男が時折見せる妙に胆の据わったところが、可笑しかった。 「時間があれば、抑える術はある、と?」 「今は出来る、というほうが正しいですね。……かつてはエルギオスのように傷ついて輪を失くした天使以外は、私達の目には見えませんでしたが、この間グビアナ……砂漠の街の外で、城壁に登ろうとするサソリを蹴散らしている守護天使を見ました」 「ほう」 「つまり、他の天使を集め、その力であれを制御するのです。無論余れば、土地を直すにも使えます」 「よし。ゴレオンにも伝えよ、ギュメイは雪国へ行け、天使が居れば捕らえよ。ゲルニックは引き続き他の都を探りつつ、天使の居場所を調べよ。よいな?」 「「御意」」 |
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Last-Modified:2009/11/12 (Thu) 00:36:01 | written by koyama | 管理モード | Script by 帰宅する部活 | icon by chat noir |