猫侍魂
ガナン第二帝国 03:



城には、奈落が口をあけていた。
穴というような生易しいものではなく、覗き込んでも底が見えない深さである。
とざされた牢獄への薄暗い通路を辿るガナサダイもギュメイも、エルギウスの逃げた跡だろうと考えていた。


地下へ至る階段は破壊されず、古びてはいるが、殆ど昔のままである。
結界も、張られた当時のまま青白い光を放ち、行き来する者を拒んでいた。
ギュメイは一時的に障壁を解除する呪を唱えようとして、ふと、視線を感じて振り向いた。
その持ち主は、傍らに佇む亡霊だった。
何時からそこにいるのか判らぬが、こればかりは何百年経とうと頑なに守られている司祭の装束をまとい、落ち窪んだ目でじっとギュメイを見ている。城が陥ちた際に、逃げ出そうとしてここで命を落としたのであろうが、彼がどういう謂れで牢に繋がれていたのか、ギュメイは思い出せなかった。
ただ、やはり自分もまた屍人であるのは、確からしい、とギュメイは考えた。何度目を凝らしても、生身の人間には見えるはずのない、半分透き通ったような神父の姿がそこに居るからである。
ガナサダイは興味なさ気に、立ち止まったギュメイを放って自分で呪文を唱えた。


牢は、ところどころ通れなくなってはいたが、壁を掘り抜いて脱走する者の無いように、念入りに岩で固められていたために、幸い土台ごと崩壊するまでには至っていなかった。
かつてと同じに黴臭い道は、潜るほどに暗くなってゆき、やがて真暗になってしまった。
ギュメイは壁を探って、据え付けられた松明を取ると、メラで火を灯した。

「……何奴?」
「む?」

光に照らされ、闇の中から、唐突に姿を現した影に、ギュメイは逆手に刀の柄へ手をかける。
その独特の挙措(ギュメイは帝国の剣士には珍しく、左手で構えることが多い)に、気がついたのらしく、影は嬉しそうな声を上げた。

「あ……将軍!ギュメイ将軍では……?!」
「いかにも」
「し、失礼致しました」

影……いや、鎧に身を包んだ騎士は、大きな刃のついた槍を下げ、姿勢を正す。
自分と同じ様に蘇り、闇の中で途方に暮れていたのだろうか、ギュメイは気配に気付かなかったことを自分で、内心だけで訝しんだ(が、実際は、動物が警戒した時と同じに、耳がぴくりと後ろへ倒れていた)。

「将軍、私の体を見ませんでしたか」
「体?」
「は。目を覚ましたものの、手足がどこにも無く……詰め所へ行くまでに探そうと思っているのですが」

今度は普通に首をかしげ、騎士の兜へ灯りをかざしたギュメイは、確かにその言葉が正しいのを見留め、納得していた。これでは呼吸も匂いも感じないのは道理である。スリットの内側には虚ろな闇があるばかりで、何も無いのだ。

「ほう、肉体を無くしても鎧に宿り、我が国を守るか……?なんと見上げた忠義じゃ」

黙っていたガナサダイが、ギュメイの肩ごしに、急にそう叫んだ。

「は……?」

中身の無い鎧は、硬直している。無理もない、ギュメイも驚いていた。

「そう思わぬか、ギュメイ」
「……頼もしき限りにございますな」
「あ、あの……」
「控えよ、恐れ多くも皇帝陛下の御前なるぞ」
「!」

鎧だけの騎士は、生きていた頃の名残だろう、息を呑むような仕草をし、その場に膝をつく。途端に通路の奥の暗がりが騒がしくなり、プレートアーマーの擦れる金属音が、そこかしこから鳴り響いた。

「ギュメイ、お前の徽章を遣わせ。同じように体無き者に会ったら伝えるのだぞ、余が褒めておったと」
「あ、有難き幸せ」

鎧は、ガントレットをきしませて、ギュメイの手から帝国の紋章をおしいただいた。
頭を下げたままの騎士を置いて、ガナサダイは満足そうに先へ歩き出す。

「某もこのようなあさましき姿になり果てたが、陛下への忠義なんら変わるところにあらず。御身も励めよ」
「ははっ」
「まずは階上へ行って、鎧の足りぬ者は揃えてくるがよかろう。盾もな。済んだら交代で牢を守るがいい、侵入する者があらば切り捨てて構わぬ」
「承知致しました、ギュメイ将軍」

いつの間にか、狭い通路の両側に、同じような鎧だけのつわものたちがずらりと並び、ガナサダイと、松明を掲げて通るギュメイとを最敬礼で見送っていた。









「……相変わらず、陛下は人が悪うございますな……」
「何がじゃ。飯も食らわずよく働きそうな兵たちが、さまよっていては勿体無いではないか」

体を持たぬ兵士達が見えなくなると、ギュメイはため息をついた。
ガナサダイは澄ましてすたすたと歩くばかりである。
彼は三百年前から、存外に、帝国民や兵達には人気のある王だった。あの鉄甲魔人たちも、目的を与えられて嬉々として歩哨に散っていった。おそらく、何者かにばらばらにされるか、城ごと潰れてしまうまで、永遠に働き続けるに違いない。我こそ帝国一の忠義者なりと思い込んだままで。……ギュメイはそれを哀れだと思った。むろんそれは、少なからず自嘲を含んでのことだった。




Last-Modified:2009/11/12 (Thu) 00:36:01 | written by koyama | 管理モード | Script by 帰宅する部活 | icon by chat noir

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