猫侍魂
ガナン第二帝国 04:



ふと、ガナサダイの歩みが止まる。

「……陛下」
「ん」
「エルギオスは……逃げてはおらぬのでは」
「そのようだな」
「先へ参ります」
「……ん」

ギュメイは自分が先になり、ぴりぴりと注意を払って進んだ。
地底へ近づくごとに、耳鳴りのように、何者かの……いや、捕らえられた天使の、意思の力というのか、それはまるで頭を掴んで揺さぶられるかのごとくに激しくなった。
語りかけて来る声と、頭痛には波があり、すこし楽になる時もある。それが、誰かの仕業である証拠のように思われた。
ギュメイは無人の牢を抜け、ようやく目的の場所へとたどり着いた。
不意に視界がほの明るくなる。
はたしてそこには、両手を戒められ、繭のようなものでくるまれたエルギオスの姿があった。顔の辺りは力を吸い上げる繊毛が薄く、石像のように無表情な彼の顔を透かし見ることができた。

「……丁度真上に穴がある。こやつの仕業に間違いはないようだな……しかし、なぜ逃げなんだのだろう」
「降魔の鎖は、四方の柱と一体に造ってあるはず。引き千切ろうとすれば、城の土台に生き埋めになりまする」
「ふむ……」
「眠って……おるようですな。声は、それがしにはずっと聞こえておりますが」
「余にも聞こえる。滅ぼせ、壊せ、とな」
「気がふれておるのでは?」
「そうかもしれぬが……しかし、ならばそれこそ闇雲に逃れようとして、城ごと崩れておるのではないか?」
「……そうですな」

見上げると、遥か彼方に、玉座の間の天井にあいた穴、空が見えた。
薄暗く曇ってはいるが、いびつな形に切り取られた光は、先ほど降りて来る前に見たものと同じ形であった。

「……まあよかろう、操るつもりなら、逆に利用してくれる」

ガナサダイの不遜な呟きに応えるように、頭の中へ語りかける声が、大きく響いた。
人間を皆殺しにせよ、と。

「……っ……」
「……、戻るか」
「はっ」







来た道を戻ると、呪縛の力が薄れていくのをはっきりと感じた。地下深くへ向かうのとは逆に登りであるが、足腰の負担と裏腹に、こめかみの疼くような痛みがだんだん楽になっていくのである。
途中、階段が崩れて進めない所を、横穴へ迂回するところで、先ほどの鉄甲魔人が待っていた。ギュメイは松明を渡し、ガナサダイを真ん中にするために後ろへ回った。

「ギュメイ」
「はい」
「……ゲルニックが戻ったら、お前もすぐに発て。野原の魔物どもを皆、我らに与するよう、掌握するのだ」
「あの、群れなしうろついておる者どもを、でございますか」
「我らをはじめ、臣民は皆、魔物になったのだ。もはやガナンは魔物の帝国ぞ。……あやつも、人間を殺せとは言うたが、我が国にもう一度滅べとは言わなんだ」
「なんと……」
「世界中の魔物を治め、その軍を以ってベクセリアへ凱旋する。セントシュタインの魔人を破るには、数が必要じゃ」
「……御意にございます」
「まずはヤーハンへ。戻るまでに船を用意しておく」
「ははっ」


結界を抜け、城内へ戻ると、回廊に鎧や機械にとり憑いた魂や、影だけの騎士など、異形の兵達が集まりつつあった。ギュメイは数名を選び、出立の準備を命じた。

ガナン帝国の再興はこの時より始まった。






Last-Modified:2009/11/12 (Thu) 00:36:01 | written by koyama | 管理モード | Script by 帰宅する部活 | icon by chat noir

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